気まぐれ日記 2012年9月

2012年8月はここ

9月1日(土)「柿と黒部の太陽・・・の風さん」
 朝、寝室のカーテンを開けると、柿の木が間近に見える。
 ここに住むようになってから父が植えた木で、2階まで伸びただけでなく、実がなっている。
 桃栗三年柿八年というが、確かに実がなってもおかしくない年数が経過している。
 今はまだ緑色で、毎年実がつく梅の実より大きく形はそっくりだ。
 そうそう。家の裏にはざくろもある。そろそろ実がなる時期だ。
 また大津市へ向かってミッシェルを走らせた。
 ワイフも一緒で、大津市民会館で「黒部の太陽」を観るのだ。
 何年も前から観たかった。映画館でなくDVDが発売されてもすぐ買おうと思っていた。
 この映画を観たのは中学生のときだ。44年くらい前になる。子供だったから、「黒部の太陽」の凄さはほとんど理解できなかった。スペクタクル・シーンに興奮しただけだろう。
 おとなになって、あらためて「黒部の太陽」を観てどう感じるか、それが楽しみだった。
 2日前と違って、高速道路は事故渋滞で混んでいた。
 それで、昼食を摂る余裕が全くなくなり、市民会館のロビーでおにぎりを食べて済ませた。
 映画は期待通りだった。多くの人間ドラマが盛り込まれていた。原作の木本正次さんは、新鷹会の大先輩である。おそらく一度だけ代々木八幡の勉強会でお目にかかったことがあると思う。別の先輩から「あの人が黒部の太陽の原作者だよ」と囁かれた記憶があるからだ。そのとき、木本さんは足が悪かったように思う。不自由な身体での勉強会出席だった。
 人間ドラマの話だが、勉強会に参加した当初も、先輩から、作品の中にドラマを入れるようによく言われたが、若かった私は、それは小説を面白くするための手段だと思っていた。しかし、年輪を重ねた今、ドラマは人生に当たり前のようについてくるもので、小説を面白くする手段などではなく、それが人生の当たり前の出来事だと思えるようになった。長く生きてきた喜びを感じる。そういう年頃になったというわけだ。
 いつか本物の黒四ダムや当時の工事を彷彿とさせる現地を訪れてみたい。
 上映が終了して帰るとき、震災の募金箱があった。
 原画展の売上のすべてを募金したし、震災をきっかけに「桃柿育英会」にも入会したが、今日は今日で意義深い日だったので千円札を入れた。間髪を容れず続いたワイフも感動したのに違いない。連れてきた甲斐があった。
 帰りは某アウトレットに寄った。そこでワイフの知人がレストランの店長をやっているからだ。なかなか感じの良い店で、入りやすいし、価格も手ごろ、味もバッチリ。フェイスブックで紹介したら喜ばれるのだろうが、貧乏ヒマなしでできない。
 帰りは渋滞もなく、スムーズに帰宅できた。 

9月2日(日)「野良猫が我が家の庭に・・・の風さん」
 うちの庭に野良猫の母子を見かけるようになった。手や足の先が白いトラ猫で、子猫は4匹もいる。すべて健常な体型をしていて、可愛い。4匹とも母猫のおっぱいに吸い付いたまま寝ている。ときどき、その母猫がいなくなるのは、どこかで野鼠でも獲っているのだろう。
 今日は久しぶりに外出する必要のない日だったので、たまっていた気まぐれ日記を一気に書き上げ、同じくたまっていた名刺を一気にデータベースに格納した(チェックしたら千枚以上あった)。一気にとは言ったが、しょせん私のやることである。これだけで1日のほとんどを使ってしまった。
 やらなければいけないことは大量に残っているが、明日からも頑張ろう。

9月3日(月)「目の前が暗く・・・の風さん」
 製作所に出社し、2週間に1度の会議に出た。終了後、二つの用事を済ませてから、研修所へ移動した。今日も暑い1日になりそうだった。
 午前中に、自分の主催した会議をこなし、午後からデスクワークに取り組んだが、やってもやってもなかなか仕事が片付かない。
 どうも能率が上がらない、やけに職場が暑いと思って、近くの空調の設定温度を見たら、ルール通りの数字になっている。これじゃ駄目だ、と1℃下げた。
 それでも体感温度がほとんど変わらなかったので、仕事を切り上げて帰宅することにしたが、設定温度を元に戻すのを忘れた。ええい、ままよ(笑)。
 ミッシェルに給油もして帰宅したら、今日も猫の母子が庭でリラックスしている。
 何となく最近平和な空気がただよっている。
 夕食後、書斎でせっせと仕事を片付けていたら、突然、あることを思い出した。
 急いで確かめてみて、目の前が暗くなった。
 先週末に大学院の学納金として振り込んだ金額が、2万円多かったのだ!
 お金のないときになんで? と言われても仕方ない。きっとボケだ。もちろん老人性。

9月4日(火)「急げ急げ・・・の風さん」
 昨夜のショックから立ち直れなかったのか(ウソ)、寝坊した。
 目覚まし時計のセットも忘れていた(これが真相)。
 それでも、昨夜準備した郵便物を、途中の郵便局で投函してから研修所に出社した。
 適当な時間になったので、大学院の事務室の知り合いに、学納金を入金し過ぎたことを電話したら、涼やかな声で「じゃあ、来年の分を先に少し入れたことにしましょう」。こんなこと慣れているのだ、きっと。
 しかし、今すぐ返金してもらうと手数料をとられるに決まっているから、妥当な処置でもある。
 ところで、編集者によると、『江戸の天才数学者』の増刷がまだ市場に出回っていないらしい。
 先月の17日に増刷が決定したのに、このビジネススピードの遅さは時代と合わない。
 午後の会議で、午前中に用意した資料で職場全員に説明した。来週の実践避難訓練についてである。推進リーダーを部長から指名されたので、まじめに取り組んでいる。
 その後、デスクワークに専念したが、会社の仕事もなかなか片付かない。
 ぼやぼやしていると、再びウィークエンドMBAも始まって、大変なことになる。
 会社員としての社外講演も近付いているし、月末には三井寺(園城寺)の算額見学会も開催しなければならない。
 帰宅したら、玄関に猫の母子がいた。
 私を見てさっと左右に逃げたが、右側へ逃げた子猫が、生意気にも「ブヮーッ!」と、威嚇するように鼻を鳴らした。
 
9月5日(水)「死にかけている人にも色々起きる・・・の風さん」
 午後の会議が長くて疲れた。やはり体力が低下しているのだ。もしかすると精神力も。
 今春、某私立大学で講演したときの学生の感想文がどっさり届いていて、少しずつ読んでいるのだが、そのときは今よりもっと疲れきっていた。
 それでも学生たちに強烈なパワーを与えたらしく、一様に元気が出た、自分もやれるような気がしてきた、と書いてあった。
 今は自分で自分を鼓舞するしかない。
 会議後、旧職場へミッシェルで向かった。
 そこからは名古屋へ会社バスと電車で出ることができる。
 そう。今夜は飲み会である。
 もしかすると自分で自分にパワーを与えられるかもしれない。
 東急ハンズを物色してから集合場所へ行き、初めてのビアガーデンに行った。
 見上げると真っ暗な夜空で、ああビルのてっぺんに登ったのだ、と思った。体力も低下しているが、知力も低下している。
 とにかく元気を出さねば、と王様気分で過ごさせてもらった。
 若い人たちからパワーをもらって、いくらか元気が出た。
 しかしこれは、死にかけている人に、電気ショックを与えて無理やり蘇生しているのに近いのかもしれない。
 だとしたら、……。
 終電で帰宅し、寝る前のシャワーを浴びた後、脱衣場でふと壁を見たら、中型のムカデがへばりついていた。
 いちおうムカデも私は保護したい人なので、ワイフにタモ(虫取り網)を取ってきてもらい、その中に捕獲して、玄関から外へタモごと放り投げた。
 「きっと蜘蛛の糸みたいなことがあるわよ」
 やはり私は地獄に落ちるらしい。

9月6日(木)「『江戸の天才数学者』の売上ランクが再上昇・・・の風さん」
 旧職場まで公共交通機関で行き、ミッシェルに乗り換えて大学へ行った。半年に一度やることがある。
 研修所では、来週の実践避難訓練の責任者として、これまた色々とやることがある。
 今日もそのシナリオ作成に集中したのだが、けっこう骨が折れる。
 終わらなかったので、この続きは明日だ。
 新刊『江戸の天才数学者』の増刷がのろのろしている間に、どんどん江戸時代ジャンルでの売上ランクが低下した。
 6位ぐらいまで落ちて、とても新刊とは言えない状態になってしまった。
 それが昨夜くらいからようやく物流が復活してきたらしく、2位にまで戻ってきた。
 これが1位になって、書籍のトータルでもまともな数字になってくれば、3刷も夢ではなくなる。
 私は真剣に1万部突破を目指している。
 来週末に上京するが、用事がたくさんある。
 画家の廣田雷風(ひろたらいふ)さんから作品展の案内が届いていて、運よく期間中に上京できる。
 場所は銀座の「文藝春秋画廊」で、9月10−15日である。
 廣田雷風さんの絵は色使いが私の好みで情熱的というか華やかな音楽を感じるし、パワーがある。
 それでぜひ見学にと思っているのだが、実は時間的に微妙でもある。
 そこで、リスクマネジメントを思いつき、フラワーアレンジメントの手配をした。
 最悪行けなくても許してもらえるだろう。

9月7日(金)「秋の訪れ・・・の風さん」
 夏期連休の終わりごろからいくらか元気が戻ったと思っていたが、そろそろパワー切れらしい。
 そりゃそうだ。老人には無理な生活がずっと続いている。
 今日は午前中の会議もパスして、昨日の続き、実践避難訓練のシナリオ作成に集中したが、スピードがないせいか、終わらない。
 自分が開催した会議もやや中途半端に終わってしまった。
 とうとう夕方になって、本社へ行く予定の行動ができなくなってしまった。
 こういうときはさっさと帰宅するに限る。
 ミッシェルの自動洗車と給油をして帰宅したが、ワイフは留守だった。
 駐車場で久しぶりにお隣さんと会った。海の男で、航海のために長期間留守になり、まとめて休暇をとるとまた海へ出て行くのだ。
 今回はどちらまで?と尋ねたら、最近外洋はほとんどなく、日本の沿海ばかりで面白くなさそうだった。
 理由を聞くと、外洋は船乗りを外人ばかりでかためるのだという。外貨で賃金を支払うから、今の円高ではコストが3分の1になることもあるという。これでは日本人の仕事がなくなってしまうじゃないか。輸出産業、モノ作りの世界だけではないのだ。
 日本の政治は何をしている!?
 答えは簡単だ、政争に明け暮れているだけだ。日本の幸福や将来を考えているとはとても思えない。政権をとることしか頭にないのだ。
 やはり選挙は多数決をやめて人格の評価「○」か「×」にしたらどうだろう。
 それから、多数党の党首がトップになるのではなく、国民が選んだ人をトップにするのだ。一種の大統領だ。
 たとえば、ビートたけしが大統領になって、彼の下で内閣が結成されるが、もちろん超党派である。日本を憂えている人や、各分野の専門家が結集される。政治家や官僚は内閣を補佐するのである。
 そんなことを思っているうちに、別のご近所のご主人が軽トラでやってきて、収穫してきた野菜をどっさりくれた。
 ありがたい。
 我が家はこれで食いつないでいるようなものだ。
 ワイフが留守で、日が暮れてきたので、洗濯物を取り込もうとしたら、色づき始めた柿の実が数個落下していた。
 物悲しい秋の訪れである。
  
9月8日(土)「機会損失・・・の風さん」
 やはり疲労していたのだ。昨夜は夕食後リビングでぶっ倒れた。久しぶりのことだった。
 ともあれ、普段より早く寝て、睡眠時間もやや長かったのだから、今日は元気いっぱい仕事、と思ったが、そうは問屋が卸さない。
 久しぶりのフローリングでの雑魚寝は、肉体にむしろ疲労を与えていた。身体のあちこちが痛い(笑)。
 午前中、これも久しぶりのことだが、地元の図書館へ出かけた。
 サークルのメンバーと次の会合の相談をし、参考資料も3冊借りてきた。
 午後からは書斎であれこれとたまった仕事を片付けていった。気になるこまごました仕事が減って行くのは確かにうれしいが、大きな仕事を進展させているわけではないので焦りは増す。会社の仕事のようにチームワークでやっているときは、ちゃんと自分の分担を考えて、優先順位をつけてやっていくのだが、たった一人でやる作家業では、一見つまらぬことのように見える仕事も、誰もやっておいてはくれないから、つけが回って、結局、自分がやるしかないのだ。
 作家の名刺が残り少なくなったので、内容を更新して印刷所に発注した。
 やっと『江戸の天才数学者』2刷見本が届いた。増刷決定から実に3週間経過である。この間に、アマゾンの売上ランクは1位から10位にまで落ちている。ビジネス用語で、これを機会損失と呼ぶ。
 2刷見本を亡父の霊前に供えて合掌した。

9月9日(日)「えびシューマイ?・・・の風さん」
 5時半起床。
 最寄りの駅から、名鉄、新幹線で新大阪、JRを2本、南海電鉄を2本そして最後に水間鉄道に乗り換えて、9時43分に無人の三ケ山口駅に降り立った。
 以前から行きたかった「善兵衛ランド」にやってきた。
 江戸時代、一閑張工法を編み出して高精度な望遠鏡を作ったのが、岩橋善兵衛である。その岩橋善兵衛を記念し、ふるさと創生資金を投じて作られたのが善兵衛ランドである。
 田舎道を10分くらい歩いて、小高い丘の上に建つ近代的な建物にたどり着くと、待ってました、とばかりに係の人たちが迎えてくれた。
 別に予約してあったわけではない。
 すぐにてっぺんの天体望遠鏡に案内してくれて、太陽や月、オリオン座の周辺の恒星や惑星などを見せてくれた。昼間でも恒星が見えるのには驚いた。
 床は板張りだったが、天体望遠鏡は土中の基礎の上に乗っているのだという。
 続いて、望遠鏡の展示室に案内されたら、いきなり垂揺球儀のレプリカがあったのでまた驚いた。
 垂揺球儀を見て驚いてしまったので、妖しい人物であることがばれた(笑)。
 間重富を主人公にした小説を書きました、と言うと、「館長! 著者が来ました!」とちょっとした騒ぎになった。
 何のことはない。『星空に魅せられた男』が2冊、書棚におさまっていた。写真を使わせてもらったお礼に、くもん出版から送られていたのだ。
 望遠鏡のレプリカなどを触らせてもらった。
 午後は、久しぶりに「近畿和算ゼミナール」に出席した。
 おなじみのメンバーだけでなく、新しい人たちもいて、盛況だった。発表も興味深い内容が多く、勉強になった。
 ちゃっかり自己PR(『江戸の天才数学者』の販促)もできた。
 帰りに新大阪駅で恒例のぶたまん購入をしたが、今日は一緒にシューマイも注文した。すると「えびシューマイもどうですか?」とマニュアル通りに別製品も勧めてくる。おいおい、シューマイを買った人にえびシューマイを勧めたって買うわけないだろ?とツッコミを入れたくなった。
 
9月10日(月)「ゴキ撃退法・・・の風さん」
 午前中は、12日におこなわれる実践避難訓練のシナリオ作成をした。
 午後からは、研修所のリニューアル構想について、同僚と意見交換した。
 その後、ミッシェルで、製作所、本社、駅、カリチューと渡り歩いて、夕方、研修所に戻った。
 涼しくなってきたので、この夏初めてエアコンを切った状態で、家まで帰ってきた。
 若桜木虔さんから本が届いていて、開けてビックリ、百科事典みたいに厚い小説が2冊(お弟子さんのだ)と、薄い若桜木さんの本が1冊入っていた。
 高田在子著『薬種御庭番』、きれいなデザインの表紙だ。藤原葉子著『蛸比丘尼』、おどろおどろしい絵の表紙だ。若桜木虔著『御庭番通史』、落ち着いたデザインの表紙だ。すべて若桜木さんが創業した青松書院の出版である。なかなか渋い名前の出版社だ。
 就寝前にシャワーを浴びていたら、浴室の棚にちびゴキが出現した。以前にも発見し、そのままにしておいた奴だ。
 小さいからとりあえず無視していられる。が、放っておくとでかくなるかもしれない。そうなったら恐怖だ。心臓発作で死ぬかもしれない、私が。
 そこで、若桜木さんが教えてくれたゴキ撃退法を思い出した。
 ゴキブリは石鹸水をかければ、呼吸ができなくなって窒息して死ぬ、というのだ。
 やってみたら、イチコロだった。
 さすが東大大学院で生物学を専攻していた人だけのことはある。

9月11日(火)「展望記憶とは・・・の風さん」
 午前中は会議が続いた。
 その中で、貴重な情報を一つ得た。日本の制御工学は世界レベルにないというのだ。理由は簡単。国が研究費を出し渋っているため、研究者がどんどん減ってしまったという。
 私は大学院時代、自動制御に関係する研究室にいた。就職してほとんど使わなかったので、自分のレベルは古典的な制御理論までしかない。
 しかし、それでも、専攻は専攻だ。
 午後、明日の実践避難訓練の簡単なリハーサルを、誘導班中心でおこなった。
 これで大丈夫だろう。
 土曜日に借りてきた本の中の1冊は、物忘れに関する専門書だった。
 とっさに過去の記憶を思い出せないのを「ど忘れ」という。これからやろうと思っていたことを、忘れてやらなかったのを「し忘れ」という。これからやろうと思っていたことも記憶の一種で、過去の記憶と区別して展望記憶というそうだ。
 専門書は技術的、学問的に解説してくれるが、ちっともうれしくない。
 私は、「ど忘れ」もするし「し忘れ」も多い。過去の記憶も展望記憶も忘れてしまうのだから、体系的な知識を得てもありがたくない。
 何とかしてほしい。ただ、それだけだ。
 
9月12日(水)「PCの更新でひと苦労・・・の風さん」
 実践避難訓練本番の当日となった。
 今日まで何度も打ち合わせや連絡、練習を実施してきた。
 こんなに真剣に取り組んできた理由は、訓練の難度が高まっているからだ。
 私は実際の災害も経験しているので、ある程度予想できるが、実際は訓練通りにはいかない。しかし、訓練をやらないよりは、やっておいた方が断然いい。
 今回のポイントになる部分以外は、前もって用意しておいた。
 訓練は11時にスタートした。
 研修所なので、研修に大きな影響が出ないように、30分で終了することを最大の目標にした。
 結果、11時21分で終了させることができた。
 訓練は成功だった。
 午後から、会社のPCの更新に取り掛かった。OSをXpから7へ変えるのだ。もちろんソフトだけでなく、本体も丸ごと。
 用意されていたアクションアイテムはスムーズに完了した。
 通常の業務は以前よりも高速に処理できるようになった。
 ところが、1件、復元できない機能があった。
 メーラーである。7でサポートしていないメーラーを私が使用しているため、それが問題となった。そもそもなぜそんなことをしていたのかは、ここでくどくどとは書
きたくない。ひと言だけ。そのメーラーには、メールサーバーの容量に関する制限ルールがないのだ。
 結局、定時後までかかって新たなメーラーを導入した。
 そのまま戸締り当番になり、夜10時前に帰宅した。

9月13日(木)「事前準備・・・の風さん」
 明日から東京へ出かける。そのために準備しておかなければならないことが、またたまってしまった。
 一つ一つを完璧にやるだけの時間はない。
 とにかく何らかの準備は必要である。
 明日の出張先での会議のために資料を作成して電子メールで送った。何? たったそれだけか? そう思われるかもしれないが、実はこれでも深い思慮が働いている。
しっかりした資料を作成する時間はない。だから、レジュメである。メール添付にするとセキュリティ上の規制がかかるので、本文に書き込んで、事務局に印刷を依頼し
たのだ。
 明後日の講演会でお会いする大学の先生の研究書をざっと読んだ。わざわざ送っていただいた本なので、話ができないのは失礼である。必死にポイントを把握しつつ、
質問事項を自分なりに抽出した。興味深い内容なので、お尋ねしたいことは次々に生じた。
 日曜日はMBAのゼミがある。東京から直接向かうので、今夜中に準備する必要がある。帰宅してから、資料の整理にとりかかった。いつものように徹夜などしている
わけにはいかない。
 午前1時までに、15分間の発表資料ができた。

9月14日(金)「ボケの日々の始まり・・・の風さん」
 午前6時起床。いつもの無茶な旅が始まった。
 東京までビジネス書を読み続けた。これは来月の講演のために必須の勉強である。
 S新聞本社でインタビューを受けたあと、ホテルに荷物を預け、出張先へ向かった。その間に、早くも最初のボケに気付いた。合流していた出版社の編集者に渡す物
をカバンに入れてあったのに忘れたのだ。展望記憶の「し忘れ」である。ついでに、もう一つ。今朝、名古屋駅でお土産を買ってくるのを忘れた。さっき渡すつもりだっ
たのだ。あ〜あ。
 ハンバーガーショップで昼食を摂った。490円のセットである。作家として行動しているときのランチ予算は、最近は300円程度なので、久しぶりに奮発したこと
になる。
 出張先までの所要時間の目測を誤った。事前に計画を立てていなかったので、急遽ケータイで検索して作ったのだが、乗換え時間と最後の徒歩時間を間違えてしまい、
10分も遅刻した。情けない。
 失敗はまだ続いた。
 ここでの終了時刻を16時と勘違いしていたのである。実際は午後6時だった。いつまでも会議が終わらないので、予定時刻を聞いて恥をかいた。
 親しい方たちとのミーティングだったのに、『江戸の天才数学者』の宣伝を忘れたことは言うまでもない(アホか? んにゃ、ボケだ)。

9月15日(土)「作家活動の1日・・・の風さん」
 今日もビジネススーツだが、上着はやめた。
 地下鉄で銀座へ直行した。
 久々の銀座だ。昔は大金持ちだったんだなあ、と感慨もひとしお。
 ここでの目的は、文藝春秋画廊で開催されている廣田雷風さんの作品展見学である。これまで案内をちょうだいしていても、なかなかスケジュールが合わなかったのだ。
 画廊のある場所まで容易にたどりつけなかった。ずい分と歩いた。
 昨日に続いて湿度が高く、汗をかいた。
 ガラス張りの画廊で、ドアを開けると、記帳台の横に、私が送ったフラワーアレンジメントが置いてあり、謙虚で遠慮がちなデザインだったので、安心した。
 シャガールに似た色調で、明るく快活な絵だ。音楽をモチーフにしたもの、パリの風景を描いたものが多い。
 深い色合いなのに、リノリュウム版画だという。一種のゴム版で、しかも一枚版が特徴とのこと。つまり、一色塗ったあと、版を洗って彫り、また一色塗った後、再び版を洗って彫るのだという。塗るのもローラープレスのような機械を使って、かなりの圧力をかけるそうだ。版を彫りながら何色も重ね塗りしていくわけで、20部前後しかできない。
 お金があったら欲しい作品が多かった。
 続いて、ジュンク堂池袋本店に向かった。
 相変わらず蒸し暑い。
 280円の讃岐うどん(ざる)で昼食にしてから店に入り、前回に続いて、『江戸の天才数学者』にサインした。サイン本はすぐに売れるらしい。
 今度は水道橋駅近くの日大経済学部を目指した。
 ところが、地下鉄の駅で降りてしまったため、どっちへ行けば日大経済学部があるか分からない。交番があればそこで聞くのだが、近くにない。
 そのとき、JRの水道橋の駅から降りればすぐ近くにあることを思い出した。
 JRの駅のある方へ歩いて行ったら、行く手に背の高い7号館が見えてきた。
 今日は、姓名判断の南山誠林さんの講演を聞くためにやってきたのだ。
 アクセスでもたついたため、昨日に続いて遅刻した。
 前半はビジネスマン時代の活躍の話で、特に成長期のロッテでの活躍が感動的だった。
 後半は南山誠林さん得意の姓名判断の極意の話で、納得性の高い内容である。これからの人生、南山誠林さんは、この道をさらにきわめていくに違いない。
 終わってから懇親会になった。鳴海風と『江戸の天才数学者』を宣伝させていただいた。
 さらに2次会にも参加し、宣伝活動のダメを押した。

9月16日(日)「週末最後はMBAのゼミ・・・の風さん」
 6時起床。7時50分発ののぞみに乗った。
 今日は10時から名商大伏見キャンパスでゼミがあるのだ。
 売れ残った本が重い(笑)。
 ウィークエンドMBAでは、修士論文ではなくケースを書き上げる。ゼミでは、そのケース作成について、全員であるいは個別に研究する。
 1年後に卒業を目指している私は、構想を15分間話すことになっていた。
 金曜からのショートトラベルは、蒸し暑さもあってかなり疲労が残っていた。
 しかし、極力無茶をやらないようにしてきたので、今日1日くらい何とかなるだろうと思っていた。
 ところがゼミの教室に着いてまもなくショックなことがあった。
 昨夜の懇親会の居酒屋で名刺入れを落としてきたことに気付いたのだ。
 私は会社用と作家用の二つの名刺入れを持ち歩いているが、そのうちの会社用を落としてきた。
 もらった名刺はすべて作家用に入れてあったので、不幸中の幸いではあったが、これもボケが原因である。
 午前中はひたすら聞き役で、午後になって少し発言し、自分の番が回ってくるころには、真剣に討議に加わっていた。
 昼に食べたラーメンのパワーも借りて、どうにか懇親会に突入することができた。
 日中最も大変だった先生にはゆっくりしてもらって、学生らが大いに気勢を上げ、私も羽目をはずして、作家業を宣伝した。
 おかげで、今日だけで本が5冊売れ、懇親会の支払いがそれでできた(笑)。
 同じゼミの友人がそんな私の写真を撮って、フェイスブックに載せてくれるという。
 ありがたいことだ。
 終電になることなく、適度な時間に帰宅することができた。
 
9月17日(月)「週明け・・・の風さん」
 午前中、社有車を運転して、同僚3人と近隣の某社へ出張した。
 往復の車中で、早くも映画「天地明察」を鑑賞したという同僚に、和算の解説をした。
 その同僚は数学が得意だったこともあるが、こうやって和算に興味を持ってもらうことは喜ばしい。
 午後、会議を一つすませてから、旧職場へ出張した。そこでも、今日は会議があるのだ。
 旧職場の会議では、部長が、最近本社で開催された講演会の話をしてくれた。
 建築家の安藤忠雄さんの講演だった。ネタは知っていることが多かったが、なかなか激しい論調だったらしく、それが好ましかった。
 要するに、日本に対する危機感である。世界の頂上で戦っている人からすれば、日本の平和ボケは気になってしかたないのだろう。
 一方、桃・柿育英会の話も出たそうで、既に参画している私は、ここで面目をほどこすことができた。
 途中、ミッシェルに給油して帰宅したが、週明け早々から、ややダイナミックに動いたな。

9月18日(火)「ケータイがない!・・・の風さん」
 午前中、担当者と研修所内の防災点検をして歩いた。
 近年、マネジメントの目が届いていない職場なので、そこらじゅうに問題点がある。
 月末までに部長に点検してもらうことになるが、部長から山のように指摘があるだろう。メモでは不十分なので、デジカメを用意しよう。
 午後は、さまざまな仕事の段取りや、打ち合わせの準備、書類作成に忙殺された。
 あっという間に定時になってしまい、残業をしていると自分のことを家でする時間がなくなるので、早々に片付けて退社した。
 真っ暗な自宅に帰ってきた。ワイフは名古屋へ行っているのだ。駅まで迎えに行かねばならない。
 ……と思っていたら、ケータイがない!
 会社の机の上に置いたまま、逃げるように帰ってきたのに違いない。
 こんなことは、初めて……じゃない、3度目だ(笑)。
 慌てて、自宅の固定電話からワイフのケータイへ電話……しようと思ったが、電話番号は頭脳に記憶されていない。
 電話代の請求書がたまたま届いていたので、それを開封して調べた。
 すべての用事を終えた後、また書斎でダウンした。

9月19日(水)「実効支配・・・の風さん」
 今日も午前中は忙しかった。これじゃ家にいるのと変わりない。雑用の山崩しばかりで、重要な案件がなかなか片付かない。
 昼前に旧職場に移動して、昼食後、開発関連の会議に出席した。こういった話を聞いていると、来年の定年後、ここで働くべきではないかと考えてしまう。定年後のことは悩みの種である。
 旧職場でも、研修所で引きずっている仕事の続きをやった。
 本当は、個人テーマを静かにやりたかったのだが……。
 夏休みに大改造した書斎の整理がまだ終わらない。一気にできる量ではとてもないので、少しずつやっていき、ゴールが見えるようになったら加速するつもりだ。しかし、まだ先はちっとも見えてこない。
 私がどうこうしてどうなるものでもないが、昨今の領土問題は深刻だ。
 たとえば、自分がどこかの店で買ってきたモノを所有していたとする。突然現れた人が、「それはもともと私のモノだ。盗んだ奴が勝手にあんたに売ったのだ。だから、返してくれ」と言ってきたら、そのモノはどうなるのか? 買った私は合法的に手に入れたと思っているが、その取り引きは相手に言わせれば違法であって、そもそも成立していない、というのである。
 合理的な世界ルールがない中では、力がすべてだ、というのが私の考えである。だから、いつまでたっても戦争はなくならない。戦争は鉄砲を撃つだけでなく金の力、弁舌の力、技術の力、さまざまだ。
 とにかく、実効支配している間は、その国が利益を得るのである。

9月20日(木)「フェイスブック・・・の風さん」
 知人から何度かフェイスブックのお誘いメールがあった。(その知人とは普段メール交換はしていないので)よく知りもせず、フェイスブックで連絡を取り合いたいのかなと思い、流れで登録し、お友達になってしまった。
 きちんとルールや仕組み、機能を把握していなかった私が愚かだったことがすべての原因だ。
 次々に舞い込むお友達リクエストに「必要ならメールでどうぞ」とお断りを入れて行くのもじきに限界になった。
 自分のホームページ(気まぐれ日記)の更新もままならない状態なのに、その上フェイスブックまで管理、メンテしていくなんて無謀である。
 しかし、いったんお友達リクエストを受け入れたが最後、リクエストが続々とやってくるようになったのだ。
 ということで、鳴海風はついにフェイスブックを開設してしまった。
 話は変わって、今日は床屋に寄ってから遅く帰宅した。すると、車庫のセンサーライトが点灯しっぱなしだった。今朝、家を出るときも点灯していた気がする。どうも昨夜からずっと点灯していたらしい。壊れているのだ。 

9月21日(金)「プリンターを購入した夜は・・・の風さん」
 研修所で午前と午後、二つの会議をこなし、本社へ出張して社内で開催している生産技術の展示会を見学した。しばらく不勉強だったので、久しぶりに充電できた(気になった)。
 とはいえ、時間不足で見きれなかったので、来週また来ることにする。
 帰りに、よく利用する大型家電量販店に寄った。
 昨年からプリンターの調子が悪く(ヘッドクリーニングをしても紙の裏に汚れがつく)、実はもう我慢の限界に来ていたのだ。
 案の定、修理代と新型の値段がほとんど一緒だったので、買ってしまった。
 週末なので、いつものようにミッシェルに給油して帰宅した。
 夜、非常にうれしいことが起きた。
 通学している名古屋商科大学大学院のWebsiteで『江戸の天才数学者』が紹介されたのだ。もちろんビジネス専攻科に学ぶ鳴海風氏という説明付である。
 これは学友の一人がフェイスブックで紹介してくれたことに端を発する。
 やっぱりフェイスブックを始めてよかったのかもしれない。いや、本当によかったのだ。
 感謝感謝感謝。

9月22日(土)「お彼岸・・・の風さん」
 朝、目が覚めると、いやに涼しい。
 今日は秋分の日だ。暑さ寒さも彼岸まで、というが、あまりにもピッタリな符号。
 とにかく涼しい。
 これだけ涼しいなら、屋外での労働も楽だろう、と駐車場のセンサーライトの交換をした。いつ壊れるか分からなかったので、数年前に新品を購入してあったのだ(備えあれば憂いなし)。
 涼しい中での作業だったが、蜘蛛の巣に顔を引っ掛けたり、蚊に4箇所刺されたりと、色々あった。でも、とにかく完了した。
 新人物往来社の「歴史読本」11月号が届いた。『江戸の天才数学者』が新刊として紹介されているのだ。これを見て買ってくれる人もきっといるだろう。
 夕方、ワイフと亡父の墓参に出かけた。
 夏でも猛暑を感じないパワースポット的な場所だが、今日はいっそう涼しさを感じた。
 夕食後、おはぎを2個食べた。一種の花より団子。

9月23日(日)「ふるさと考・・・の風さん」
 今朝も涼しい。日中の予想最高気温は21℃、最低気温は19℃である。
 先日のインタビュー記事が産経新聞に掲載される日だ。
 近所のコンビニに走っても産経新聞がないことは知っているので、ネットで検索した。すると、あった!
 MSN産経ニュースである。
 インタビューで私は言いたい放題言っただけだが、記事は見事に理路整然とまとめられ、私の主張が明瞭に表現されていた。
 感服感服感服。
 夕方5時になるとこの地域では「ふるさと」の曲が流れる。
 東日本大震災を思い出すので、いつも寂しい気分になる。
 しかし今日は、別のことを思った。
 昼寝から目覚めて、多少元気が戻ってきたからかもしれない。
 3人の子供たちにとって、今住んでいるこの土地は、保育園から中学、高校あるいはさらにその先の学校まで通った「ふるさと」なのだ。
 日本が暮らしにくくなったとしても、3人の子供たちのために、ここから軽はずみに出て行ってはいけない、と思った。
 子供たちは将来どこでどのような人生を送るかはわからない。しかし、「ふるさと」に帰ったときに、お墓は近くにあるが、住む家もあれば、バカンス気分で帰ってこれる。だから、この家をできるだけ長く残しておこうと思った。
 
9月24日(月)「平凡な1日・・・の風さん」
 旧職場へ出社した。ここでは、昼食は天ぷらそばと決まっている。グリーンサラダも食べる。
 ここでよくやることは天ぷらそばを食べることだけではない。
 CD機で現金をおろすのである。
 ビジネススクールの学納金を払ったこともあって、預金通帳がただの冊子に見えてきた。しかも、やけに薄っぺらに。
 研修所へ移動してから本社へ出張した。生産技術の展示会で見逃した設備とそのデモ運転を見るためである。展示会は楽しい。
 再び研修所に戻った。
 今夜は「戸締り当番」である。
 9時過ぎに退社した。

9月25日(火)「平凡な1日の日本の遠く南の島では・・・の風さん」
 午前中、二つの会議があった。
 200kcalの昼食後、部長を含め3人で所内の防災チェックをした。
 5Sが徹底されていないことは事前のチェックで判明していたので、部長にしっかり見てもらったし、ビフォア・アフターを明確にするため、デジカメ写真もたくさん撮った。
 その後、来客があって、ロビーで打ち合わせた。ロビーのリニューアルの件で、現地現物が好きなので、そうしたのだ。
 もう一つ会議をこなしたところで定時になったが、ここで悲劇が起きた。
 今日の「戸締り当番」が出張で戻ってこれないという。代わりを探したのだが……いない。
 結局、力不足のくせに超多忙で心やさしい風さんが、昨夜に続いて担当することに……。
 遅く帰宅したら、兄貴から電話があり、母が背骨を圧迫骨折していることが判明したという。車椅子生活をしているのだが、ついそれを忘れて立ち上がったりして、そのまま尻もちをついたようだ。
 今日はレントゲン撮影だったが、明日MRIをとって、最悪の場合は手術らしい。しかし、認知症の人は注意して生活できないので、できるだけ手術しない方がいいと、医者は言っているそうだ。確かにそうだろう。
 今日は尖閣諸島で事件があった。台湾の巡視船と日本の海上保安庁の巡視船が、放水合戦をしたのだ。
 水鉄砲での戦争だ。茶番だ。
 中国は、尖閣諸島は台湾のものだと言っている。その台湾は中国の一部だと主張しているから、結局、尖閣諸島は中国のものだと言っているのだ。
 しかし、台湾に水鉄砲で戦争させるとは……。
 
9月26日(水)「愛知県警察本部長表彰・・・の風さん」
 研修所で会議に出てから旧職場へ向かった。
 途中、郵便局で振り込みをした。
 昼食後、ミッシェルで某ホールへ向かった。待望の表彰を受けるのである。
 愛知県警察本部長表彰「優良自動車運転者表彰」である。最後のスピード違反から31年間、無事故無違反が続いている。
 数年前、ワイフが30年無事故無違反の寸前でつかまった。一時停止違反だが、警察官の目の前だったので、私は立腹した。
 たいした違反ではないし、危険運転でもないのだ。多くのドライバーがやっている、単なる横着運転だ。
 それを注意もせず、ただ検挙するということで、本当に安全運転に誘導できるだろうか。
 私の無事故はただ運が良かっただけである。ひやりハッとはいくらでもある。
 その点、無違反は違う。テクニックと注意力で検挙は避けられるのだ。
 私の自慢は31年間より、走行距離数だろう。最後の違反から50万キロは走っているはずだ。
 某ホールでの表彰式はきちんとおこなわれた。ネクタイをしめて、スーツで行ってよかった。
 表彰を受けたことを免許証に裏書してくれるというので、そこから半田警察署へ向かった。
 大きな記念スタンプでも押してくれるかと思ったが、手書きだった。
 買い物をして帰宅した。
 次の目標は「決めた誕生日に免許証を返上すること」だ。
 しかし、何歳の誕生日にするか、それが問題だ。
 今日はオフクロがMRIの検査を受ける日だった。連絡が何もなかったということは、手術は避けられたに違いない。よかった。

9月27日(木)「光通信は得か・・・の風さん」
 毎日があっという間に過ぎて行く。仕事はたまっていき、気持ちは焦るばかりである。
 大学の教員募集に応募するため、卒業証明を申請する書類2通投函してから研修所に出社した。
 明日はミッシェルに給油している余裕がなさそうだったので、今日、帰りにセルフで給油した。
 問題は、なるべく満タンにしたいのだが、金額指定とリッター指定のどちらがオーバーフローせずにより満タンになるかということだ。
 タンクの残量とガソリン単価で左右されるのだが、迷ったのは、4000円と30リッターである。
 結局、4000円で指定して、給油してみたら、ほぼ満タンになった。
 帰宅して、この微妙な給油法をワイフに自慢していたら、「やっとこのへんも光通信が通った」という。
 我が家の通信費の構成は、テレビとインターネットと固定電話と家族全員のケータイである。
 現状のケーブルテレビを中心にする場合と、光通信を中心にした場合、どちらが得か、議論になってしまった。
 ガソリンの給油よりも難しい問題である。

9月28日(金)「飲めない飲み会・・・の風さん」
 昨夜、今夜の飲み会で飲まないことを決めた。来週明けが締め切りの講演のレジュメがさっぱりできないからだ。
 飲み会が終わったら速攻で帰宅して続きをやらなければならない。
 それから、今日も非常に良い天気だが、明後日の近畿地方の天気が気になる。30日(日)は事前に申請して許可を得た三井寺(園城寺)観音堂の算額見学会だからだ。
 台風17号が日本列島を縦断する形で通過する予報となっている。スーパーコンピュータの予報の信頼性はきわめて高い。明後日、近畿地方に接近するのはほぼ間違いない。最悪の天気になる恐れが大なのである。
 レジュメのための参考文献を借りようと、出勤途中で某図書館に寄ったら、館内整理日で休館だった。
 会社にある資料はゲットできた。
 定時後になり、会社の先輩をミッシェルに乗せて、飲み会の会場へ向かった。925hPaという、とんでもない台風17号が近付いているのが嘘のような、さわやかな夕方だったので、幌を開けてオープンカーにして疾走した。
 飲み会はにぎやかだったが、レジュメができていない私の気分は重かった。
 急いで帰宅したが、疲労のためにすぐレジュメ作成にとりかかることができなかった。

9月29日(土)「ギリギリの中止判断・・・の風さん」
 何とかレジュメを仕上げなければならないが、明日の算額見学会の準備もしなければならない。
 天気予報通りの進路をとったら、間違いなく明日の見学会の時間帯は暴風雨となる。しかし、急に東へ進路がそれたら、見学会はちゃんとできるかもしれないのだ。
 それに、ワイフは、見学会の後、京都で暮らす長男を慰問するのも楽しみにしている。
 ワイフのアクアで外出した。昨日休館だった某図書館へ行って参考文献を借りた。次にアクアにセルフで給油し、帰りに、三井寺へ持って行くお土産も購入した。
 しかし、台風の進路と勢力は変わる気配がなく、速度は早まって、その結果、ますます見学の時間帯が最悪の可能性が高まって行った。
 参加中止を連絡してくる先生もおられる。
 夕食時、ついに見学会を中止する決断をした。お土産のお菓子が無駄になるが、仕方ない。
 中止連絡メールを送ってから、午後10時に仮眠体制に入った。
 レジュメはまださっぱりだが、疲れて、効率が上がらなくなったのだ。

9月30日(日)「いつできるレジュメ・・・の風さん」
 今朝の2時に起きて、レジュメ作成を始めた。
 外は明るく、台風が来るような気がしない。
 今日は、住居地域と小学校の合同運動会も予定されていて、とりあえず決行のアナウンスが聞こえてきた。
 旧職場のある製作所でも、地元とのふれあいフェスタが開催されるだろう。
 しかし、私のレジュメ作成は依然として終了しない。
 疲れて、また8時から午後1時まで仮眠した。
 見学会を予定していた午後1時に目覚めて、外を見ると、強風の中、激しい雨が降っていた。
 インターネットで三井寺のあたりをチェックすると、雨雲が襲いかかっていた。
 算額見学会を中止したのは正解だったようだ。
 地元の運動会も会社のフェスタも、途中で強制終了させたに違いない。
 私はコーヒーカップを手に、サンルームに入って、暴風雨の屋外を茫然と眺めていた。
 レジュメを完成させなければならない私にとっては、恵みの雨かもしれない。
 しかし、午前零時になっても、レジュメは完成しなかった。
 
 2012年10月はここ

気まぐれ日記のトップへ戻る